東京高等裁判所 昭和35年(う)484号 判決
被告人 小林輝夫
〔抄 録〕
本件控訴の趣意は、弁護人五十嵐末吉の提出した控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
所論は要するに原判決には事実の誤認がある。原判決は、被告人が石井友次郎及び藤田政吉の両名より石井弘一所有の畑地を木下茂に宅地として売却するに際しこれに必要な農地転用許可申請書を自ら作成し、被告人が船橋市農業委員会書記調整係主任として、農地法第五条所定の手続に関する事務を分掌し、右許可申請書を受理し、これを右農業委員会を経由して千葉県知事に提出するにつき、便宜な取扱いをしたことの謝礼の趣旨をもつて供与されるものであることを知りながら二回に亘り合計一万円の供与を受けその職務に関し収賄したとの事実を認定しているのであるが、被告人は土地家屋調査士試験に合格し、船橋市農業委員会の許可を受け右調査士としての登録を受け、土地家屋調査士としての業務に従事していたものである。被告人は他面前記農業委員会書記として原判示の如き公務に従事していたものであるが、同時に適法に、即ち地方公務員法第三条に牴触することなく、右土地家屋調査士としての業務に従事していたものである。而して被告人は石井友次郎及び藤田政吉の両名より前記農地転用許可申請に当り、右土地家屋調査士として、右申請に関する一切の手続を依頼され、目的の土地の測量、申請書並びに添附書類の作成をなし、右申請手続を代行したことに対する報酬金として、原判示一万円の金員の支払を受けたものである。原判決がこれを被告人の前記公務員としての職務に関し賄賂として供与を受けたものと認定したことは事実の誤認である、と主張するのである。
よつて記録を精査し原判決挙示の各証拠を仔細に検討すれば次の事実を認定することができる。即ち
一、被告人が船橋市農業委員会書記調整係主任として、農地法第五条所定の手続に関する事務を映掌し会長の指揮、監督を受け、右農業委員会を経由して千葉県知事に提出すべき農地転用許可申請書其の他農地に関する各種申請書を受理し、その内容を審査し、これに必要な現地の調査を行い、議案を作成して農業委員会の会議に付議する手続をとり、会長の命により適宜議案の説明をなし、また調査の結果を報告し、議決に従つて会長名義の意見書を起案し、申請書と共にこれを千葉県知事に進達する手続をとり、県係官の調査の際これに立会い必要な説明、具申をなす等の職務に従事していたことが明瞭である。
二、また所論の如く被告人が土地家屋調査士の試験に合格し、前記農業委員会の許可を受け右調査士の登録を受け、地方公務員法第三条に牴触することなく右調査士としての業務に従事し得たこともこれを認め得る。
三、併しながら所論は、原審における保科恒造の証言を引用し、被告人が本件農地転用許可申請手続について右土地家屋調査士の業務として行つた前記申請手続一切に対する正当報酬額は一万五千円乃至二万円であり、本件一万円は正に右適正報酬額の範囲内であるから、右一万円は金額土地調査士としての業務に対する報酬である、と主張するのであるが、更に右保科恒造の証言を仔細に検討すれば、右二万円相当の報酬額というのは数名の補助者を使用し数日に亘り正式の土地測量を作つた場合の補酬額であつて、本件において被告人が実施したいわゆる繩入れ程度の調査の場合に当て嵌まるものではなく、正式の土地測量を行わず単に申請書及添附書類を作成し申請の手続をする程度の仕事は通常代書人の業務であり、土地家屋調査士が土地測量をして、併せて右申請書等の作成、申請手続を代行する場合は、通常これを奉仕的に行い特に申請手続代行の報酬を受けていないことが認められる。随つて被告人が本件において担当した前記申請書及び添附書類の作成申請手続の代行は、寧ろ代書業務に該当するものであり、所論の如く土地家屋調査士の業務としてその報酬を請求すべき筋合いのものでないことが明らかである。
四、被告人は前記の如く農業委員会書記として本件の如き申請書を受理し、これを審査し、これに必要な調査をなし、右申請について公平適正な意見を具して右申請を裁決者たる千葉県知事に進達する公務を有するものであるから、被告人が自ら右申請手続を代行するときは、右職務の執行に公正を期し得ないことは言うまでもない。然るに被告人は自ら右申請手続をも代行し、申請書を農業委員会を経由して千葉県知事に提出するにつき申請者のため極めて便宜な取扱をなし、その職務の執行としては不公正な措置をとり、前記金員を受領したものであり、それがその職務に関する賄賂たることは明瞭である。所論石井友次郎、藤田政吉の検察官に対する各供述は、いずれも右事実を裏付けるものでこそあれ、所論のごとくこれを否定する資料とはなし難い。
以上原判決には何等事実の誤認はなく、この点の所論はすべて採用することはできない
(兼平 足立 関谷)